原人物語8

平成3年3月 「明石原人を追うロマンチストの会」は「明石原人の会」と名称を変更し、

明石スポーツダイビングの南会長、日本レクリエーション上級指導者の出井氏も企画に加わり、金造と西海勉氏は事務を担当することになりました。

そして、5月23日 西友大久保店の駐車場を会場として 第1回明石原人祭りがスタートしました。

主催は 明石原人祭り実行委員会と表示されましたが、実質は大久保商盛会と西友大久保店が取り仕切っての開催でした。

明石市、明石市教育委員会、明石商工会議所、明石商店街連合会、各自治会、JR西日本、神戸新聞社などの後援もいただき、アカシ象などの化石約100点を展示する「原人化石展」「日本の凧作り実演」、地元小学生の描いた「原人絵画展」、「明石瓦の歴史・製法展」など、オープンと同時に家族連れが押し寄せたそうです。

明石市とは隣り同士となる播磨町の大中遺跡・古代まつりを企画した 鄭光均(ジョン・カンギュン)氏は、テーマソングとして「原人まつりの唄」を作り、民族衣装でオカリナのミニコンサートを披露してくれました。

第1回明石原人まつりは4日間続き、最終日の26日にはメインイベントの「原人パレード」が行われました。

これは明石原人まつりの超目玉企画でしたが、事前の公募では「えー、かぶり物ぉ~?」「恥ずかしい」といった理由で なかなか応募がなく、スタッフは協賛企業に足しげく通い、一本釣りで説得してようやく40人の原人をそろえたという裏話もあります。

朝、本番に備えて大久保駅前に集まってきたのは、全身に墨を塗った本格派、トラの毛皮やドンゴロスをまとった商店主、手製の石斧や槍を持ち、アカシ象の模型を引っ張るデパート店員、花の冠を被ったおしゃれな原人など それぞれの創意工夫が感じられました。

金造は、化繊のかつらを被り、ひげを生やして 黒い毛皮をまとった裸足の原人を演じました。

ウォークラリーのゴール西八木海岸では 古代食、金魚すくい、火起し体験、古代イノシシ狩り(石投げ)、ダイビング、地層説明などが準備され、ごったがえす縁日のような騒ぎだったようです。

直良信夫のロマンが息づく化石の海 明石海峡へは 明石浦漁協の「明石丸」が出港し 底引き漁で「原人の骨を発見する」という夢の試みに挑戦しました。

原人が主人公という目新しさ、奇抜さが評判を呼んで 4日間で35000人が集まり、第1回明石原人祭りは 金造たちの狙い通り 大成功を収めました。

スタッフ 約40人 経費は763,000円でした。

ところが、イベントの開催は即 店の売り上げにつながるわけではなく、まちおこしも同様に効果はすぐには現れません。

ただでさえ忙しい商売人が 2日も3日も留守にするわけにはいかない、原人は趣味 との声も上がり、「スタッフと経費集めに限界がある。継続は難しい」と、その年の秋、大久保商盛会は「主催返上」を決定することとなったのです。

To be continued