原人物語17

20世紀から21世紀へと変わる瞬間…おそらく多くの人は一生に1回の経験となります。

1999年9月、明石市ではカウントダウンイベントの実行委員会が組織されました。

参画した市民団体は、明石135度の会、ACC(アカシクリエィティブクラブ)そして、明石原人まつり実行委員会。

AKASHI千年祭とタイトルして、前年にオープンした明石の東端に位置する大蔵海岸と子午線明石の象徴 天文科学館の2か所が会場となりました。

1999年から2000年に変わる瞬間なので、’99年12月31日から2000年1月1日にかけての深夜イベントとなります。

明石135度の会は天文科学館から大蔵海岸に向けて一筋のレーザー光線を放ち、時の街明石をアピールしました。

明石原人まつり実行委員会は、大蔵海岸会場の運営を担当し、その年の原人まつりで若い力を発揮したメンバーたちがステージやブースを回していきました。

午前0時 明石海峡大橋に虹色のライトが灯り、花火が打ち上げられ、若い原人たちはスーツに着替えて ステージからシャンパンを配って新しい年をお祝いしたのです。

イベントは午前1時には終了しましたが、ブースは夜を徹して営業され、会場の撤収は1月1日の午後4時頃までかかってしまい、これにはさすがの若いスタッフもヘロヘロにつかれたものです。

2000年、平成12年にはそれまでの葛生原人との交流やカウントダウンイベントへの参画が情報として流れ、埼玉県庁から実行委員会に連絡がありました。

その年、秩父市の小鹿坂遺跡で50万年前のものとされる旧石器とともに住居跡が発見され、

北京原人より古い世界最古の原人が存在し、洞窟で生活していたという定説をも覆す人類史上最大の発見だと 埼玉県あげての大騒ぎとなっていたのです。